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小野館跡
小野本郷の風土記によると、小野館跡は梅ケ森館(お館山)桜ケ森館(笹ケ森山)松ケ森館(青木山)となっている。桜ケ森館は、梅ケ森館の北方にあって高さおよそ30m、東西200m、南北300mで頂上部の東西80m、南北100m程の平場が本丸であった。(現在は畑地となっている)鎌倉時代には、長江一族によってこの地方が支配され小野館(桜ケ森)がその本拠となり、江戸時代に入って伊達家の重臣富田氏が梅ケ森を本拠とした。富田氏以前のこの館は、桜ケ森館の南の防禦線であり一支館であったと思われる
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野蒜築港中央公園跡 |
野蒜築港中央公園跡
1882年(明治15年)、日本最大の貿易港として第1期工事が完成しました。しかし、2年後の台風で大被害を受け、廃港となった幻の港跡。
野蒜築港資料室
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橋台跡(新鳴瀬川) |
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多十郎の墓
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多十郎の墓
(たじゅうろうのはか)
日本ではじめての世界周航者の墓である。時1793年藩米、用材を積んで江戸へ向かって石巻を出港した若宮丸は、大シケに遭遇し、北北東へ流されること数ヶ月、オンデレッケ島に漂着した。その中に、当時室浜出身の儀兵衛、多十郎の両氏がいた。その後彼らはオホーツク、イルクツーク、首都ペテルブルグに着く。その間8年余、異国での生活、極寒のシベリア横断など数々の苦労に耐えしのんでのことであった。
ロシアは対日貿易を特に希望し、その手段として漂流民の返還を計画した。二人は軍艦、ナジェター号に乗り西回りの大航海で、1804年長崎に帰国した。奇しくもこれが日本最初の世界周航者になったのである。しかし、同時帰国した儀兵衛の墓は見当たらず、それをなげき観音寺の住職である渡辺照悟氏は、稲井石に手彫り戒名を彫り、若宮丸漂流200年(平成5年)記念に当たり供養をかね、その脇に墓を建てた
町では、二人の異国での極寒状態の生きざまと、日本最初の周航者として名を後世に語り継ぐべきと考え、太平洋の見える見晴らしのよい小高い丘に記念碑を建立した
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漂流記念碑(世界周航図) |
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◆天然記念物◆ |
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根古八幡神社のモミ
(ねこはちまんじんじゃのもみ)
推定樹齢:約400〜500年 地上:1・5m 幹回り:4.6m 樹高:約30m
マツ科の常緑針葉樹。日本特産の高木で、太平洋側に分布している。県内でモミが育つのは、標高500m以下の所となっている。葉は、普通先が二つに裂けている。花の季節は5月で、大きな球花をつけ、10月頃に熟す。また、大気汚染には弱く市街地の近くでは少なくなっている。深谷風土記によると、根古八幡神社は源義家が安倍定任征伐の欧州下向の際、勧請したもので、神々のご神宝を納めたが、兵乱の為、宮も大破、ご神体も紛失してしまった
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高松寺のイチョウ
推定樹齢:約150〜200年 地上:1.5m 幹回り:3.6m 樹高:約28m
イチョウ科の落葉高木(中国原産)、高松寺のものは雌の木で、ギンナンがなる。古い木になると幹の枝から大きなこぶ(気根)を出すことがあり、このイチョウにも多く見られる。樹勢は活発で樹形が北側半分の枝が鋭角で正常なのに対し、南側半分の枝は枝垂性という珍しい特性を有している。
この寺は、封内風土記によると「月光山高松寺。曹洞宗。本郡浅井邑。云々。本尊聖徳太子。慈覚大師所造地。・・・」とある
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医王寺のカヤ
(いおうじのかや)
推定樹齢:約300年 地上:1.5m 幹回り:3.8m 樹高:約20m
イチイ科の常緑針葉高木、雄の木と雌の木があるが医王寺のものは雌の木でカヤノミがなる。樹勢は太枝の分岐が多く比較的旺盛である。このカヤの特徴として幹に凸凹の激しい条痕が幾条もみられ、さらには、大枝の付根直下に著しい凸部がみられることである。
医王寺の創立は、天長元年と伝えられている。その後、天正年間に伊達藩領地となり、藩主政宗が薬師堂の薬師如来に信仰を深くしたことから医王寺は、寺領とお墨付き、ご朱印が下され、歴代伊達藩に保護されてきた
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むろの木
推定樹齢:約700年 地上:1.5m 幹回り:4.5m 樹高:約15m
大浜唐船番所跡にある番ケ森途中のむろの木は、ヒノキ科に属する常緑樹でイブキ、またはイブキビャクシンともよばれ温暖の海岸に生息する木である。
万葉集に大伴旅人が「吾が妹と見し鞆の浦のむろの木は常世にあれどみし人ぞなき」と詠じているところから、この木は昔から人とのかかわりあいがあったものと考えられる。
独特の樹形と枝ぶりと木の肌をもっている。土地の人々の言い伝えによると、護良親王が奥州下向の途中宮戸に上陸、この地で筆に使われた、むろの木の枝を土中にさしたところ根がつき現在のむろの木になったので「お筆むろ」とよんでいるということである。
この木は長年の風雪に耐え現在は幹の裏側は空洞化し、三本の枝のうち二本は枯死し、一本だけが南面に樹冠をのばして偉容を誇っている。まことに貴重な名木である。
しかし、今は樹勢の衰えが目にみえて来ているので町では樹勢回復の措置を講ずることになっている
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太郎坊清水
(たろうぼうきよみず)
別名「一杯清水」。おもしろい昔話や伝説が残る。
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三交の欅
(さんこうのけやき)
滝山の入り口に立つ二本の樅の木を抱えた欅。
樹齢約千年。
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小町石
(こまちいし)
小野小町が諸国遍歴中に当地を訪れた際に腰かけたとされる石。
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